て首でも打って渡すのではあるまいか、とお蝶はまた疑った。
 なにしろ、こんな薄気味の悪いところは一刻《いっとき》も早く逃げ出したいと思ったが、どこからどう抜け出していいか、彼女にはとても方角が立たなかった。
「庭へ出たらどこか逃げ路が見付かるかも知れない」
 お蝶は一生の勇気をふるい起して、息を殺しながらそろりそろりと滑《すべ》っこい畳の上を忍んであるいた。ふるえる手先が障子にかかると、出会いがしらに一人の女がはいって来た。お蝶ははっ[#「はっ」に傍点]と立ちすくむと、便所《はばかり》ならば御案内すると云って彼女が先に立って行った。縁側へ出ると広い庭が見えた。月のない夜で、真っ暗な木立のあいだに螢のかげが二つ三つ流れていた。遠いところで梟《ふくろう》の声もさびしく聞えた。
 もとの座敷へ帰ってくると、いつの間にか其処には寝床が延べられて、雁金《かりがね》を繍《ぬ》った真っ白な蚊帳《かや》が涼しそうに吊ってあった。このあいだの女がまた何処からか現われた。
「もうお休みなさるがよい。ことわって置きますが、たとい夜なかにどんなことがあっても、かならず顔をあげてはなりませぬぞ」
 手を取るよう
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