にして蚊帳のなかへ押し込まれて、お蝶は雪のように白い衾《よぎ》につつまれた。どこかで四ツ(午後十時)の鐘がひびいた。幽霊のような女たちは足音もせずに再びそっと消えてしまった。
その晩がおそろしかった。
二
神経のふるえているお蝶はとても安々と寝つかれる筈はなかった。生まれてから一度も寝たことのない衾や蒲団の柔か味が、却ってかれに異様の肌障りをあたえて、ふわふわと宙に浮いているような一種の不安を感じさせた。おまけに其の晩は蒸し暑かったので、かれの額や首筋には粘《ねば》るよう気味の悪い汗がにじみ出した。お蝶は長い紅い総《ふさ》のついている枕のうえに、幾たびか重い頭の置きどこを取り替えてみた。
そのあいだに何刻《なんどき》ほど経ったか。かれは固《もと》より記憶していなかったが、唯さえ静かな家中がしん[#「しん」に傍点]として、夜ももう余ほど更けているらしいと思う頃に、次の間の畳を滑るような足音が微かに響いた。お喋は惣身《そうみ》の血が一度に凍るように感じられて、あわてて衾を深くかぶって枕の上に俯伏してしまうと、墨塗りの縁《ふち》をつけた大きい襖がさらりとあいたらしく思われ
前へ
次へ
全36ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング