た。併しそれは一時のことで、お喋の姿が幾日もみえないと、彼女は姫にあわせろと云って又狂い出した。さりとて人の娘を際限もなく拘禁して置くことはできないので、屋敷の者もまた困った。
その矢先に又一つの新しい問題が起った。それは此の年の七月から新しい布達《ふれ》があって、諸大名の妻女も帰国勝手たるべしということになったので、どこの藩でも喜んだ。一種の人質《ひとじち》となって多年江戸に住んでいることを余儀なくされた諸大名の奥方や子息たちは、われ先にと逃げるように国許《くにもと》へ引きあげた。勿論この屋敷でも奥方を領地へ送ることになったが、乱心同様の奥方が道中に狂い出したらばどうするか。それがみんなの胸に横たわる苦労の重い凝塊《かたまり》であった。そこで評議がまた開かれた。その評議の結論は、どうしてもお蝶を遠い国許まで連れて行くよりほかはないということに帰着した。
併し今度は殆ど永久的の問題で、さすがに無得心で連れ出すわけには行かないので、ともかくも本人や親許にも相談の上、一生奉公の約束で連れて行くことになった。奥女中の雪野がその使をうけたまわって、きのうも親許へたずねて来たのであった。いっ
前へ
次へ
全36ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング