蝶は合格した。
いよいよその本人が見付かると、それをどうして連れてくるかということについて、屋敷内では議論が二つに分かれた。ひとの娘を無得心に連れて来るというのは拐引《かどわかし》同様の仕方であるから、内密にその仔細を明かしておとなしく連れてくるがよかろうと云う温和な意見もあった。しかし一方には又これに反対して、なにを云うにも相手は茶店の女どもである。いくら口止めをして置いても、果たして秘密を守るかどうか頗る不安心である。また後日《ごにち》にねだりがましい事など云いかけられても面倒である。すこしうしろ暗いやり方ではあるが、いっそ不意に引っさらってくる方が無事であろう。何事も御家の外聞にはかえられぬと云う者もあった。結局、後の方の説が勢力を占めて、その役目を云いつけられた武士どもは、身分柄にもあるまじき拐引同様の所行《しょぎょう》をくり返すことになったのである。
それほど苦心した甲斐があって、その計略は見ごとに成功した。物狂おしい奥方は、替え玉のお蝶を夜も昼もときどき覗《のぞ》きに来て、死んだ姫の魂が再びこの世に呼び戻されたものと思っているらしく、それからは忘れたようにおとなしくなっ
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