四

 権太郎はおとなしく付いて来た。半七は路地へはいって、稲荷の社のまえの空地に立った。
「おい、権太。お前はまったくあの半鐘を撞いたことはねえか」
「おいら知らねえ」と、権太郎は平気で答えた。
「印判屋《はんこや》の干物に悪戯をした覚えもねえか」
 権太郎はおなじく頭《かぶり》をふった。
「この裏にいた妾を嚇かしたことがあるか」
 権太郎はやはり知らないと云った。
「お前には兄弟か、仲のよい友達があるか」
「別に仲の好いというほどの友達はねえが、兄貴はある」
「兄貴は幾つだ。どこにいる」
 霰がざっと降って来たので、半七も堪まらなくなった。かれは権太郎の手を引っ張って、以前お北が住んでいたという空家の軒下に来た。表の戸には錠が卸《おろ》してなかったので、引くとすぐにさらりと明いた。半七は沓脱《くつぬぎ》へはいって、揚げ板になっている踏み段を手拭で拭きながら腰をかけた。
「お前もここへ掛けろよ。そこで、おめえの兄貴というのは家《うち》にいるのか」
「年は十七で、下駄屋に奉公しているんだ」
 その下駄屋はここから五、六町先にあると権太郎は説明した。おやじが死ぬと間もなく、阿母《お
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