ころに因ると、かれが屋根の上をそっと覗こうとする時に、引窓の穴から二つの大きい光った眼が出た。彼女はそれ以上を見とどける勇気も無しに奥へ逃げ込んでしまったのであった。
 この報告を受け取って、人々はまた迷った。
「番太郎の女房の云うことはあてにならない。どうも人間ではないようだ」と、今夜の評議も結局不得要領に終った。
 こうして不安と混雑とを続けているうちに、半七は一方の用が片付いた。きょうはいよいよ半鐘の詮議に取りかかろうと思っていたが、午前《ひるまえ》は客が来たので出る事ができなかった。彼は八ツ(午後二時)頃に神田の家を出て、呪いの半鐘に見おろされている薄暗い町へ踏み込んだ。
「気のせいか、陰気な町だな」と、半七は思った。
 風はないが、底寒い日であった。薄い日の光りがどんよりと洩れたかと思うと、又すぐに吹き消すように消えてしまった。昼でもあまり暗いので、鴉も途惑《とまど》いをしたらしい、ねぐらを急ぐように啼き連れて通った。半七はふところ手をして、まず町内の鍛冶屋のまえに立つと、そこの店からは大小の蜜柑がばらばら飛び出すのを、小児《こども》たちが群がって拾っていた。きょうは十一月八
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