れたのか、あるいは自分で打ったのか、彼は左の額に石で打ったようなかすり傷をうけていた。
 調べてみると、その晩も権太郎は外出しないという証拠が確かに挙がった。こうして、悪戯小僧にかかる疑いは漸次《しだい》に薄れて来たが、それと同時にこの不思議に対する疑いはいよいよ濃くなった。臆病の伝七の云い立てによると、どうも河童《かっぱ》らしいというのであったが、町なかに河童が出る筈はないと云って誰もそれを信用しなかった。
「どうも人間らしい」
 この頃は方々の家で食い物を盗まれた。ことにお咲をおどかした遺り口といい、佐兵衛を襲った手段といい、妖怪がだんだんに人間味を帯びて来たことは誰にもうなずかれた。権太郎以外のいたずら者がこの町内へ入り込んで来るに相違ないというので、又もや町内総出で毎晩の警戒を厳重にすることになった。

     三

 その以来、半鐘はちっとも鳴らなくなった。半鐘はなんにも知らないような顔をして、冬の空に高くかかっていた。
 お北の家へはその後に人が越して来た。しかし一と晩で早々に立ち退いてしまった。夜なかに不意に行燈が消えて、そのおかみさんが何者にか頭髷《たぶさ》をつかんで
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