「池鯉鮒様の名前を騙《かた》って、そんな贋物《いかもの》を売っているんですから、今なら相当の罰を受けるでしょうが、昔は別にどうということもありませんでした。つまり欺される方が悪いというような理窟なんですね。それでもやっぱり気が咎めると見えて、御符売りはわたくしに笠の内を覗かれて、なんだか落ち着かないようなふうで遠退《とおの》いていたんでしょう。池鯉鮒様ばかりでなく、昔はこんな贋いものがたくさんありましたよ」
「一体その池鯉鮒様というのは何処にあるんです」
「東海道の三州です。今でも御信心の人がありましょう。おや、雨が止んだと見えて、表が急に賑やかになって来ました。どうです、折角お出でなすったもんですから、ともかくも一と廻りして、軒提灯に火のはいったところを見て来ようじゃありませんか。お祭りはどうしても夜のものですよ」
老人に案内されて、わたしは町内の飾り物などを観てあるいた。その晩、家へ帰って東海道名所図会を繰《く》ってみると、三州池鯉鮒の宿《しゅく》のくだりに知立《ちりゅう》の神社のことが詳しく記されて「蝮蛇除の神札《まもり》は別当松智院社人よりこれを出だす。遠近これを信じて授かる
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