と飛び上がった。つづいて彼《か》の男が上がった。そのあとを追うように御符売りも上がって来て、再び彼の袖を掴もうとするのを、男はあわてて振り切って逃げ出そうとしたが、その片腕はもう半七に押えられていた。
「おまえさん、何をするんです」と、男は振り放そうと身をもがいた。
「神妙にしろ、御用だ」
半七の声は鋭くひびいた。男は不意に魂をぬき取られたように、ただ棒立ちに突っ立ったままであった。勢い込んで追おうとした御符売りも思わず立ちすくんでしまった。
「おまえはこいつになにを奪《と》られた。黒い蛇だろう」と、半七は御符売りに訊いた。
「はい。左様でございます」
「こいつと一緒に番屋まで来てくれ」
二人を引っ張って、半七は近所の自身番へ行った。浅蜊《あさり》の殻《から》を店の前の泥に敷いていた自身番の老爺《おやじ》は、かかえていた笊《ざる》をほうり出して、半七らを内へ入れた。
「おい、素直に何もかも云っちまえ」と、半七は彼の男を睨むように視た。「てめえは御成道の横町のお化け師匠の情夫《いろ》か、亭主か。なにしろ久し振りでたずねて行くと、師匠は若けえ男なんぞを引っ張って帰って来て、手前に逢って
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