もかくも宿へ帰るのを突き留めた上でなんとか詮議のしようもあろうと思って、半七は何げない風をして時々に彼の笠の内に注意の眼を送っていると、御符売りの男もそれと覚ったらしく、こっちの眼を避けるように、わざと柳の下に隠れて、胸を少しひろげて扇をつかっていた。
 うすく陰った空は午《ひる》から少しずつ剥げて来て、駒形《こまがた》堂の屋根も明るくなった。そよりとも風のない日で、秋の暑さは大川の水にも残っているらしく、向う河岸《がし》から漕ぎもどして来る渡し船にも、白い扇や手拭が乗合のひたいにかざされて、女の児の絵日傘が紅い影を船端の波にゆらゆらと浮かべていた。
 その一と群れがこっちの岸へ着いて、ぞろぞろ上がってゆくのを待ち兼ねたように、御符売りは入れ替って乗った。半七もつづいて飛び乗った。
「おうい。出るよう」
 船頭は大きい声で呼ぶと、小児《こども》の手を曳《ひ》いたおかみさんや、寺参りらしいお婆さんや、中元の砂糖袋をさげた小僧や、五、六人の男女がおくれ馳せにどやどやと駈け付けて来て、揺れる船縁《ふなべり》からだんだんに乗り込んだ。やがて漕ぎ出したときに、御符売りは艫《とも》の方に乗り込んだ
前へ 次へ
全36ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング