熊蔵は彼を香具師《やし》だろうと云った。得体《えたい》のわからない人間の首を持ちあるいて、見世物の種にでもするのだろうと解釈した。しかし飽くまでも彼を武士と信じている半七は、素直にその説を受け入れることが出来なかった。それならば彼はなんの為にこんなものを抱え歩いているのだろう。しかも何故それを湯屋の二階番の女などに軽々しく預けて置くのであろう。この二品は一体なんであろう。半七の知恵でこの謎を解こうとするのは頗る困難であった。
「こいつあいけねえ、ちょっとはなかなか判らねえ」
番台で咳払いをする声がきこえたので、二階の二人はあわててこの疑問の二品を箱へしまって、着物戸棚へ元のように押し込んで置いた。獅子の囃子も遠くなって、お吉は外から帰って来た。武士も濡れ手拭をさげて二階へ昇って来た。半七は素知らぬ顔をして茶を飲んでいた。
お吉は半七の顔を識っていたので、武士にそっと注意したらしい。彼は隅の方に坐ったままで何も口を利かなかった。熊蔵は半七の袖をひいて、一緒に下へ降りて来た。
「お吉が変な目付きをしたんで、野郎すっかり固くなって用心しているようだから、きょうはとても駄目だろう」と、
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