か。それじゃあ俺も一ッ風呂泳いで来ようか」
半七は更に表へ廻って、普通の客のように湯銭を払ってはいると、まっ昼間の銭湯《せんとう》はすいていた。武者絵を描いた柘榴《ざくろ》口のなかで都々逸の声は陽気らしくきこえたが、客は四、五人に過ぎなかった。半七は一と風呂あたたまるとすぐに揚がって来て、着物を肌に引っ掛けたままで二階へあがると、熊蔵もあとからそっと付いて来た。
「あの、水槽《みずぶね》に近いところにいた奴だろう」と、半七は茶を飲みながら訊いた。
「そうです、あの若けえ野郎です」
「あれは偽者じゃあねえ」
「ほんとうの武士《さむれえ》でしょうか」
「足を見ろ」
武士は常に重い大小をさしているので、自然の結果として左の足が比較的に発達している。足首も右より大きい。裸でいるところを見届けたのだから間違いはないと半七は云った。
「じゃあ、御家人でしょうか」
「髪の結いようが違う。やっぱり何処かの藩中だろう」
「なるほど」と、熊蔵はうなずいた。「そこで親分。きょうは彼奴《あいつ》らが何だか風呂敷包みのようなものを重そうに抱えて来て、お吉に預けている処をちらりと見たんですが。ちょいと検《あら
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