半七に十手を突き付けられた武士は梶井源五郎といって、西国の某藩士であった。去年の春から江戸へ勤番に出て来て、麻布の屋敷内に住んでいたが、道楽者のかれは朋輩の高島弥七と特別に仲好くして、吉原や品川を遊びまわっていた。もうだんだんに江戸に馴れて来た彼等は、去年の十一月のはじめに同じ家中の神崎郷助と茂原市郎右衛門のふたりを誘い出して、品川のある遊女屋へ遊びに行った。その席上で神崎と茂原とが酒の上から口論をはじめたのを、梶井と高島とがともかくも仲裁してその場は無事に納まったが、神崎はやはり面白くないと見えて、すぐに帰ると云い出した。もう屋敷の門限も過ぎているのであるから、いっそ今夜は泊って帰れと、仲裁者の二人がしきりに引留めたが、どうしても帰ると強情を張った。
彼ひとりを先に帰すわけにも行かないので、結局四人が連れ立って出ることになった。高輪《たかなわ》の海岸にさしかかったのは夜の五ツ(午後八時)を過ぎた頃で、暗い海に漁船の篝火《かがりび》が二つ三つ寂しく浮かんでいた。酔いを醒ます北風が霜を吹いて、宿《しゅく》へ急ぐ荷馬の鈴の音が夜の寒さを揺り出すようにも聞えた。さっきから黙ってあるいて
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