お吉がぼんやり坐っていた。半七が二日もつづけてくるので、彼女もなんだか不安らしい眼付きをしていたが、それでも笑顔を粧《つく》って愛想よく挨拶した。
「親分、いらっしゃいまし。どうもお寒うございますこと」
 茶や菓子を出して頻りにちやほやするのを、半七は好い加減にあしらいながら先ず煙草を一服すった。それから毎日邪魔をするからと云って幾らかの銀《かね》を包んでやった。
「毎度ありがとうございます」
「時におふくろも兄貴も達者かえ」
 お吉の兄は左官で、阿母《おふくろ》はもう五十を越しているということを半七は識っていた。
「はい、おかげさまで、みんな達者でございます」
「兄貴はまだ若いから格別だが、阿母はもう好い年だそうだ。むかしから云う通り、孝行をしたい時には親は無しだ。今のうちに親孝行をたんとしておくがいいぜ」
「はい」と、お吉は顔を紅《あか》くして俯向いていた。
 それがなんだか恥かしいような、気が咎《とが》めるような、おびえたような風にも見えたので、半七も畳みかけて冗談らしくこう云った。
「ところが、この頃はちっと浮気を始めたという噂だぜ。ほんとうかい」
「あら、親分……」と、お吉は
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