白な鮫の肌に薄黒い点が着いていちゃあ売物になりませんからね。勿論そういうものは漆《うるし》をかけて誤魔《ごま》かしますが、白鮫にくらべると半分値にもなりません。十枚も束《たば》になっている中には、きっとこの血暈のある奴が三、四枚ぐらい混《まじ》っていますから、こっちもそのつもりで平均の値で引き取るんですが、どうしても仕上げて見なければ、その血暈が見付からないんだから困ります」
「成程ねえ」と半七も感心したようにうなずいてみせた。この薄ぎたない鮫の皮が玉のように白く美しい柄巻になろうとは、素人にちょっと思い付かないことであった。
「あのお武家が、これを売りに来たんですかえ」と、半七は鮫の皮を打ち返して見た。
「長崎の方で買ったんだそうで、相当の値段に引き取ってくれという掛け合いなんです。わたしの方も商売ですから引き取ってもいいんですが、いくらお武家でも素人の持って来たものは何だか不安ですし、おまけにこのとおりの泥鮫で、たった一枚というんですから、もし血暈でも付いている奴を背負い込んだ日にゃ迷惑ですからね。まあ一旦は断わったんですが、幾らでもいいからと頻りに口説かれて、とうとう廉《やす》く
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