意にあんなことになりましたので、まるで気抜けがしたようにぼんやりして居りますから、とても取り留めた御挨拶などは出来ますまいが、お望みならいつでもお逢わせ申します」
「なるたけ早いがようございますから、お差し支えがなければ、これからすぐに御案内を願えますまいか」
「承知いたしました」
 二人は飯を食ってしまったら、すぐ和泉屋へ出向くことに相談をきめた。十右衛門が待ちかねて手を鳴らした時に、あつらえの鰻をようよう運んで来た。

     三

 十右衛門は急いで箸をとったが、半七は碌々に飯を食わなかった。彼は熱いのをもう一本持って来てくれと女中に頼んだ。
「親分はよっぽど召し上がりますか」と、十右衛門は訊いた。
「いいえ、野暮《やぼ》な人間ですからさっぱり飲《い》けないんです。だが、きょうは少し飲みましょうよ。顔でも紅《あか》くしていねえと景気が付きませんや」と、半七はにやにや笑っていた。
 十右衛門は妙な顔をして黙ってしまった。
 女中が持って来た一本の徳利を半七は手酌でつづけて飲み干した。南に日をうけた暖い座敷で真昼に酒をのみ過したので、半七の顔も手足も歳の市《まち》で売る飾りの海老《
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