して居りました」
「楽屋には大勢詰めていたんでしょうね」
「なにしろ楽屋が狭うございまして、八畳に十人ばかり、離れの四畳半に二人。役者になる者はそれだけでしたが、ほかに手伝いが大勢で、おまけに衣裳やら鬘《かつら》やらがそこら一ぱいで、足の踏み立てられないような混雑でございました。しかしみんな町人ばかりでございますから、そこに大小などの置いてあろう筈はないのでございます。最初にめいめいの小道具類を渡されました時に、角太郎も一々調べて見ましたそうですから、その時には決して間違って居りませんので……。いよいよ舞台へ出るという間ぎわに多分取り違ったか、掏り替えられたか。一体誰がそんなことをしたのか、まるで見当が付きませんので困って居ります」
「なるほど」
半七は殆ど猪口をそのままにして腕を拱《く》んでいた。十右衛門も黙って自分の膝の上を眺めていた。一匹の蠅が障子の紙を忙がしそうに渡ってゆく跫音《あしおと》が微かに響いた。
「若旦那は八畳にいたんですか、四畳半の方ですか」
「四畳半の方におりました。庄八、長次郎、和吉という店の者と一緒に居りました。庄八は衣裳の手伝いをして、長次郎は湯や茶の世話
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