。万一つまらない噂などを立てられますと、妹が実に可哀そうでございます。兄の口から斯《こ》う申すもいかがでございますが、あれはまったく正直なおとなしい女でございまして、角太郎を生みの子のように大切にして居りましたのに……。それを何か世間にありふれた継母《ままはは》根性のようにでも思われますのは、いかにも心外で……。ともかくも葬式《とむらい》はきのう済みましたから、これから何とか致してその間違いの起った筋道を詮議いたしたいと存じて居るのでございます。その筋道がよく判りませんで、妹が何かの疑いでも受けますようでございますと、妹は気の小さい女ですから、あんまり心配して気違いにでもなり兼ねません。それが不憫《ふびん》でございまして……」と、十右衛門は鼻紙を出して洟《はな》をかんだ。
 文字清も気違いになりかかっている。和泉屋のおかみさんも気違いになるかも知れないと云う。文字清の話がほんとうであるか、十右衛門の話がいつわりであるか。さすがの半七にも容易に判断がつかなかった。
「芝居の晩にはおまえさんも無論見物に行っておいでになったんでしょうね」と、半七は猪口《ちょこ》をおいて訊いた。
「はい。見物
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