わけには行かなかった。彼は鉄物《かなもの》屋の店先を素通りして、町内の鳶頭《かしら》の家《うち》をたずねた。鳶頭はあいにく留守だというので、彼はその女房とふた言三言挨拶して別れた。
「これから何処へ行ったものだろう」
 往来に立って思案しているうちに、半七はうしろから自分を追い掛けて来た人のあるのに気がついた。それは五十以上の町人風の男で、悪い生活の人ではないということは一と目にも知られた。男は半七のそばへ来て丁寧に挨拶した。
「まことに失礼でございますが、お前さんは神田の親分さんじゃあございますまいか。わたくしは芝の露月町《ろうげつちょう》に鉄物渡世をいたして居ります大和屋十右衛門と申す者でございますが、只今あの鳶頭の家へ少し相談があって訪ねてまいりますと、鳶頭は留守で、おかみさんを相手に何かの話をして居ります所へ、お前さんがお出でになりまして……。おかみさんに訊くと、あれは神田の親分さんだというので、好い折柄と存じまして、すぐにおあとを追ってまいりましたのですが、いかがでございましょうか。御迷惑でもちょいとそこらまで御一緒においで下さるわけには……」
「ようございます。お伴《とも》
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