おしいほどに取りのぼせていた。ここでうっかり嗾《けしか》けるようなことを云ったら、病犬《やまいぬ》のような彼女は誰に啖《くら》い付こうも知れなかった。半七は逆らわずに、黙って煙草をすっていたが、やがてしずかに口をあいた。
「すっかり判りました。ようがす。わたしが出来るだけ調べてあげましょう。如才《じょさい》はあるめえが、当分は誰にも内証にして……」
「いくら自分の子になっているからと云って、角太郎を殺したおかみさんは無事じゃあ済みますまいね。お上《かみ》できっとかたきを取って下さるでしょうね」と、文字清は念を押した。
「そりゃあ知れたことさ。まあ、なんでもいいから私にまかせてお置きなせえ」
文字清をなだめて帰して、半七はすぐに出る支度をした。お粂はあとに残って義姉《あね》のお仙と何かしゃべっていた。
「兄さん。御苦労さまね。まったく和泉屋のおかみさんが悪いんでしょうか」と、半七の出る時にお粂はうしろからささやくように訊いた。
「そりゃあ判らねえ。なんとか手を着けてみようよ」
半七はまっすぐ京橋へ向った。いくら御用聞きでも、何の手がかりも無しにむやみに和泉屋へ乗り込んで詮議立てをする
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