大切に飼って置くんだからね」
店の者はみんな顔をみあわせた。十右衛門も少し慌てた。
「もし、親分。まあ、お静かに……。この通り往来に近うございますから」
「誰に聞えたって構うもんか。どうせ引廻しの出る家《うち》だ」と、半七はせせら笑った。「やい、こいつら。よく聞け。てめえたちは揃いも揃って不埒な奴だ。主殺しを朋輩に持っていながら、知らん顔をして奉公しているという法があると思うか。ええ、嘘をつけ。このなかに主殺しの磔刑《はりつけ》野郎がいるということは、俺がちゃんと知っているんだ。多寡《たか》が守っ子見たような小女一人のいきさつ[#「いきさつ」に傍点]から、大事の主人を殺すような、そんな心得ちげえの大それた野郎をこれまで飼って置いたのがそもそもの間ちげえで、ここの主人もよっぽどの明きめくらだ。おれが御歳暮に寒鴉《かんがらす》の五、六羽も絞めて来てやるから、黒焼きにして持薬にのめとそう云ってやれ。もし、大和屋の旦那。おめえさんの眼玉もちっと陰《くも》っているようだ。物置へ行って、灰汁《あく》で二、三度洗って来ちゃあどうだね」
何をいうにも相手が悪い、しかも酒には酔っている。手の着けようがないので、ただ黙って聴いていると、半七は調子に乗って又|呶鳴《どな》った。
「だが、おれに取っちゃあ仕合わせだ。ここで主殺しの科人《とがにん》を引っくくっていけば、八丁堀の旦那方にも好い御歳暮が出来るというもんだ。さあ、こいつ等、いけしゃあしゃあとした面《つら》をしていたって、どの鼠が白いか黒いか俺がもう睨んでいるんだ。てめえ達の主人のような明きめくらだと思うと、ちっとばかり的《あて》が違うぞ。いつ両腕がうしろへ廻っても、決しておれを怨むな。飛んだ梅川の浄瑠璃で、縄かける人が怨めしいなんぞと詰まらねえ愚痴をいうな。嘘や冗談じゃねえ、神妙に覚悟していろ」
十右衛門は堪まらなくなって、半七の傍へおずおず寄って来た。
「もし、親分。おまえさん大分酔っていなさるようだから、まあ奥へ行ってちっとお休みなすってはどうでございます。店先であんまり大きな声をして下さると、世間へ対して、まことに迷惑いたしますから。おい、和吉。親分を奥へ御案内申して……」
「はい」と、和吉はふるえながら半七の手を取ろうすると、彼は横っ面をゆがむほどに撲《なぐ》られた。
「ええ、うるせえ。何をしやがるんだ。てめえ達のよ
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