ょう》の暮れ六ツが丁度きこえる頃でしたろう」と、お竹はなにか怖い物でも見たように声をひそめて話した。「この格子ががらりと明いたと思うと、お菊さんが黙って、すうっとはいって来たんですよ。ほかの女中達はみんな台所でお夜食の支度をしている最中でしたから、そこにいたのはわたしだけでした。わたしが『お菊さん』と思わず声をかけると、お菊さんはこっちをちょいと振り向いたばかりで、奥の居間の方へずんずん行ってしまいました。そのうちに奥で『おや、お菊かえ』というおかみさんの声がしたかと思うと、おかみさんが奥から出て来て『お菊はそこらに居ないか』と訊くんでしょう。わたしが『いいえ、存じません』と云うと、おかみさんは変な顔をして『だって、今そこへ来たじゃあないか。探して御覧』と云う。わたしも、おかみさんと一緒になって家中《うちじゅう》を探して見たんですけれども、お菊さんの影も形も見えないんです。店には番頭さん達もみんないましたし、台所には女中達もいたんですけれども、誰もお菊さんの出はいりを見た者はないと云うんでしょう。庭から出たかと思うんですけれども、木戸は内からちゃんと閉め切ってあるままで、ここから出たら
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