暗示をも半七に与えてくれなかった。
 帰るときに半七はお竹を格子の外へ呼び出してささやいた。
「お竹どん。おめえはお菊さんのお供をして行った人間だから、今度の一件にはどうしても係り合いは逃がれねえぜ。内そとによく気をつけて、なにか心当りのことがあったら、きっとわっしに知らしてくんねえ。いいかえ。隠すと為にならねえぜ」
 年の若いお竹は灰のような顔色をしてふるえていた。その嚇しが利いたとみえて、半七があくる朝ふたたび出直してゆくと、格子の前を寒そうに掃いていたお竹は待ち兼ねたように駈けて来た。
「あのね、半七さん。お菊さんがゆうべ帰って来たんですよ」
「帰って来た。そりゃあよかった」
「ところが、又すぐに何処へか姿を隠してしまったんですよ」
「そりゃあ変だね」
「変ですとも。……そうして、それきり又見えなくなってしまったんですもの」
「帰って来たのを誰も知らなかったのかね」
「いいえ、わたしも知っていますし、おかみさんも確かに見たんですけれども、それが又いつの間にか……」
 聴く人よりも話す人の方が、いかにも腑に落ちないような顔をしていた。

     二

「きのうの夕方、石町《こくち
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