からです。菊村は古い店ですからね。そこで私はすぐに駕籠を呼びに行きました。そのあいだ何と云って誘って来たのか知りませんが、とうとう其の娘を馬道《うまみち》の方へ引っ張り出して来たんです。駕籠は二挺で、小柳と娘が駕籠に乗って先へ行って、わたしは後からあるいて帰りました。帰ってみると、娘は泣いている。近所へきこえると面倒だから、猿轡《さるぐつわ》を嵌《は》めて戸棚のなかへ押し込んでおけと小柳が云うんです。あんまり可哀そうだとは思いましたが、ええ意気地のねえ、何をぐずぐずしているんだねと、あいつが無暗《むやみ》に剣突《けんつく》を食わせるもんですから、わたしも手伝って奥の戸棚へ押し込んでしまいました」
「小柳という奴は、よくねえ女だということは、おれも前から聞いていたが、まるで一つ家のばばあだな。それからどうした」
「その晩すぐ近所の山女衒《やまぜげん》を呼んで来て、潮来《いたこ》へ年一杯四十両ということに話がきまりました。安いもんだが仕方がないというんで、あくる朝、駕籠に乗せて女衒と一緒に出してやりましたが、その女衒の帰らないうちは一文もこっちの手にはいらない。なにしろもう十二月の声を聞い
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