は大きい石燈籠が立っていた。よほど時代が経っていると見えて、笠も台石も蒼黒い苔《こけ》のころもに隙き間なく包まれていた。一種の湿気《しっけ》を帯びた苔の匂いが、この老舗《しにせ》の古い歴史を語るようにも見えた。
「好い石燈籠だ。近頃にこれをいじりましたか」と、半七は何げなく訊いた。
「いいえ、昔から誰も手を着けたことはありません。こんなに見事に苔が付いているから、滅多《めった》にさわっちゃいけないと、お内儀《かみ》さんからもやかましく云われていますので……」
「そうですか」
滅多にさわることを禁じられているという古い石燈籠の笠の上に、人の足あとが微かに残っていることを、半七はふと見つけ出したのであった。あつい青苔の表は小さい爪先の跡だけ軽く踏みにじられていた。
三
苔に残っている爪先の跡はちいさかった。男ならば少年でなければならない。半七はどうも女の足跡らしいと認めた。この曲者はよほど経験に富んだ奴と想像していた半七の鑑定は外《はず》れたらしい。女とすればやはりお菊であろうか。たとい石燈籠を足がかりにしても、町育ちの若い娘がこの高塀を自由自在に昇り降りすることは、とて
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