の竹にも損所はなかった。
「ずいぶん高い塀ですね」
「はい、ゆうべもお役人衆が御覧になって、この高い塀を乗り越して来るのは容易でない。と云って、梯子《はしご》をかけた様子もなし、松を伝って来たらしくも思われない。これは庭口から忍び込んだのではあるまいと仰しゃいました。併しどこからはいったにしましても、出る時はこの庭口から出たに相違ないように思われますが、木戸の錠《じょう》は内から固くおろしたままになっていますので、何処をどうして出て行ったかさっぱり判りません」と、重蔵は陰《くも》った眼をいよいよ陰らせて、無意味にそこらを見廻していた。
「左様さ。忍び返しにも疵をつけず、松の枝にもさわらずに、この高塀を乗り越すというのは生優《なまやさ》しいことじゃあねえ」
 どう考えても、これは町家の娘などに出来そうな芸ではなかった。曲者はよほど経験に富んだ奴に相違ないと半七は鑑定した。併しその場へ駈けつけた三人の女は、たしかにお菊のうしろ姿を見たという。それには何かの錯誤《あやまり》がなければならないと彼は又かんがえた。
 彼は更に念のために、庭下駄を穿《は》いて狭い庭の隅々を見まわると、庭の東の隅に
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