しの心は……お察し下さいまし」と、お道は声を立てて泣いた。
「今のお前たちが聞いたら、一と口に迷信とか馬鹿々々しいとか蔑《けな》してしまうだろうが、その頃の人間、殊に女などはみんなそうしたものであったよ」と、おじさんはここで註を入れて、わたしに説明してくれた。
それを聴いてからお道には暗い影がまつわって離れなかった。どんな禍いが降りかかって来ようとも、自分だけは前世の約束とも諦《あきら》めよう。しかし可愛い娘にまでまきぞえの禍いを着せるということは、母の身として考えることさえも恐ろしかった。あまりに痛々しかった。お道にとっては、夫も大切には相違なかったが、娘はさらに可愛かった。自分の命よりもいとおしかった。第一に娘を救い、あわせて自分の身を全うするには、飽きも飽かれもしない夫の家を去るよりほかにないと思った。
それでも彼女は幾たびか躊躇《ちゅうちょ》した。そのうち二月も過ぎて、娘のお春の節句が来た。小幡の家でも雛を飾った。緋桃白桃の影をおぼろげにゆるがせる雛段の夜の灯を、お道は悲しく見つめた。来年も再来年も無事に雛祭りが出来るであろうか。娘はいつまでも無事であろうか。呪《のろ》われ
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