から詮索に取りかかろうと決心した。小幡が知らない遠い先代の頃に、おふみという女が奉公していたことが無いとも限らないと思ったからであった。
「では、何分よろしく、しかしくれぐれも隠密にな」と、小幡は云った。
「承知しました」
二人は約束して別れた。それは三月の末の晴れた日で、小幡の屋敷の八重桜にも青い葉がもう目立っていた。
三
Kのおじさんは音羽の堺屋へ出向いて、女の奉公人の出入り帳を調べた。代々の出入り先であるから、堺屋から小幡の屋敷へ入れた奉公人の名前はことごとく帳面にしるされている筈であった。
小幡の云った通り、最近の帳面にはおふみという名を見出すことは出来なかった。三年、五年、十年とだんだんにさかのぼって調べたが、おふゆ、おふく、おふさ、すべてふの字の付く女の名は一つも見えなかった。
「それでは知行所の方から来た女かな」
そうは思いながらも、おじさんはまだ強情《ごうじょう》に古い帳面を片っ端から繰ってみた。堺屋は今から三十年前の火事に古い帳面を焼いてしまって、その以前の分は一冊も残っていない。店にあらん限りの古い帳面を調べても、三十年前が行き止まりであった。
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