う夕飯をしまつて、湯から歸つてゐた。をぢさんは私を相手にしてランプの前で一時間ほども他愛もない話などをしてゐた。時々に雨戸を撫でる庭の八つ手の大きい葉に、雨の音がぴしやぴしやときこえるのも、外の暗さを想はせるやうな夜であつた。柱にかけてある時計が七時を打つと、をぢさんはふと話をやめて外の雨に耳を傾けた。
「大分降つて來たな。」
「をばさんは歸りに困るでせう。」
「なに、人力車《くるま》を迎ひにやつたから可い。」
かう云つてをぢさんは又默つて茶を喫《の》んでゐたが、やがて少し眞面目《まじめ》になつた。
「おい、いつかお前が訊いたおふみの話を今夜聞かしてやらうか。化物の話はかういう晩が可いもんだ。しかしお前は臆病だからなあ。」
實際私は臆病であつた。それでも怖い物見たさ聞きたさに、いつも小さい身體を固くして一生懸命に怪談を聞くのが好きであつた。殊に年來の疑問になつてゐるおふみの一件を測《はか》らずもをぢさんの方から切出したので、わたしは思はず眼をかゞやかした。明るいランプの下ならどんな怪談でも怖くないといふ風に、わざと肩を聳かしてをぢさんの顔を屹とみあげると、強ひて勇氣を粧ふやうな私の
前へ
次へ
全36ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング