てゐた。
 火の見櫓の上には鳶が眠つたやうに止まつてゐた。少し汗ばんでゐる馬を急がせてゆく、遠乘りらしい若侍の陣笠の庇《ひさし》にも、もう夏らしい日がきらきらと光つてゐた。
 小幡が菩提所の淨圓寺は可《か》なりに大きい寺であつた。門を這入《はい》ると、山吹が一ぱいに咲いてゐるのが目についた。ふたりは住職に逢つた。
 住職は四十前後で、色の白い、髯《ひげ》のあとの青い人であつた。客の一人は侍、一人は御用聞きといふので、住職も疎略には扱はなかつた。
 こゝへ來る途中で、二人は十分に打ち合わせをしてあるので、をぢさんは先づ口を切つて、小幡の屋敷には此頃怪しいことがあると云つた。奥さんの枕もとに女の幽靈が出ると話した。さうして、その幽靈を退散させるために何か加持祈祷《かぢきたう》のすべはあるまいかと相談した。
 住職は默つて聽いてゐた。
「して、それは殿様奥様のお頼みでござりまするか。又、あなた方の御相談でござりまするか。」と、住職は珠數《じゆず》を爪繰《つまぐ》りながら不安らしく訊いた。
「それは何れでもよろしい。兎《と》に角《かく》御承知下さるか、どうでせう。」
 をぢさんと半七とは鋭い瞳
前へ 次へ
全36ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング