《ひとみ》のひかりを住職に投げ付けると、彼は蒼くなつて少しく顫《ふる》へた。
「修行《しゆぎやう》の淺い我々でござれば、果して奇特《きどく》の有る無しはお受合ひ申されぬが、兎も角も一心を凝らして得脱《とくだつ》の祈祷をつかまつると致しませう。」
「なにぶんお願ひ申す。」
やがて時分|時《どき》だといふので、念の入つた精進料理が出た。酒も出た。住職は一杯も飮まなかつたが、二人は鱈腹に飮んで食つた。歸る時に住職は、「御駕籠でも申付けるのでござるが……。」と、云つて、紙につゝんだものを半七にそつと渡したが、彼は突戻して出て來た。
「旦那、もうこれで宜しうございませう。和尚め、顫《ふる》へてゐたやうですから。」と、半七は笑つてゐた。住職の顔色の變つたのも、自分たちに鄭重な馳走をしたのも、無言のうちに彼の降伏を十分に證明してゐた。それでもをぢさんは未《ま》だよく腑に落ちないことがあつた。
「それにしても小さい兒が何うして、ふみが來たなんて云ふんだらう。判らないね。」
「それはわたくしにも判りませんよ。」と、半七は矢張《やはり》笑つてゐた。「子供が自然にそんなことを云ふ氣遣ひはないから、いづれ誰
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