た。
「何分《なにぶん》お願ひ申す。」と、松村も同意した。小幡は先づ用人《ようにん》の五左衞門を呼び出して調べた。かれは今年四十一歳で譜代の家來であつた。
「先《せん》殿様の御代《おだい》から、曾《かつ》て左様な噂を承はつたことはござりませぬ。父からも何の話も聞き及びませぬ。」
彼は即座に云ひ切つた。それから若黨《わかたう》や中間《ちゆうげん》どもを調べたが、かれらは新參の渡り者で、勿論なんにも知らなかつた。次に女中共も調べられたが、彼等は初めてそんな話を聞かされて唯|顫《ふる》へ上るばかりであつた。詮議はすべて不得要領に終つた。
「そんなら池を浚《さら》つてみろ。」と、小幡は命令した。お道の枕邊にあらはれる女が濡れてゐるといふのを手がかりに、或は池の底に何かの祕密が沈んでゐるのではないかと考へられたからであつた。小幡の屋敷には百坪ほどの古池があつた。
あくる日は大勢の人足をあつめて、その古池の掻掘《かいぼり》をはじめた。小幡も松村も立會つて監視してゐたが、鮒や鯉のほかには何の獲物もなかつた。泥の底からは女の髪一筋も見付からなかつた。女の執念の殘つてゐさうな櫛や笄《かんざし》のたぐ
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