躊躇しましたが、それでも正直に答えました。
「さあ。わたしは幽霊というものについて、研究したこともありませんが、まあ信じない方ですね。」
「そうでしょうね。」と、山岸はうなずきました。「わたしにしても信じたくないから、君なぞが信じないというのは本当だ。」
 彼はそれぎりで黙ってしまいました。今日《こんにち》ではわたしも商売柄で相当におしゃべりをしますが、学生時代の若い時には、どちらかといえば無口の方でしたから、相手が黙っていれば、こっちも黙っているというふうで、二人は街路樹の落葉を踏みながら、無言で麹町通りの半分以上を通り過ぎると、山岸はまた俄かに立ちどまりました。
「須田君、うなぎを食いませんか。」
「え。」
 わたしは山岸の顔をみました。たった今、四谷で茶を飲んだばかりで、又すぐにここで鰻を食おうというのは少しく変だと思っていると、それを察したように彼は言いました。
「君は家で夕飯を食ったでしょうが、わたしは午後に出たぎりで、実はまだ夕飯を食わないんですよ。あのコーヒー店で何か食おうと思ったが、ごたごたしているので止《や》めて来たんです。」
 なるほど彼は午後から外出していたのです
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