、妬むなどという気はちっとも起りませんでした。
「伊佐子さんは酒を飲むんですか。」と、わたしも笑いながら訊きました。
「さあ。」と、山岸は首をかしげていました。「よくは知らないが、おそらく飲むまいな。私にむかっても、酒を飲むのはおよしなさいと忠告したくらいだから……。」
「でも、酒を飲まないと、伊佐子さんに嫌われると言ったじゃありませんか。」
「あははははは。」
彼があまりに大きな声で笑い出したので、四組ほどの他の客がびっくりしたようにこっちを一度に見返ったので、わたしは少しきまりが悪くなりました。茶を飲んで、菓子を食って、その勘定は山岸が払って、二人は再び往来へ出ると、大きい冬の月が堤の松の上に高くかかっていました。霽れた夜といっても、もう十一月の初めですから、寒い西北の風がわれわれを送るように吹いて来ました。
四谷見附を過ぎて、麹町の大通りへさしかかると、橋ひとつを境にして、急に世間が静かになったように感じられました。山岸は消防署の火の見を仰ぎながら、突然にこんなことを言い出しました。
「君は幽霊というものを信じますか。」
思いも付かないことを問われて、わたしもすこしく返答に
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