廿九日の牡丹餅
岡本綺堂

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)悪疫《あくえき》が

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)浅草|金龍山《きんりゅうざん》下に
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     一

 六月末の新聞にこんな記事が発見された。今年は暑気が強く、悪疫《あくえき》が流行する。これを予防するには、家ごとに赤飯を炊《た》いて食えと言い出した者がある。それが相当に行われて、俄かに赤飯を炊いて疫病《やくびょう》よけをする家が少くないという。今日《こんにち》でも東京のまん中で、こんな非科学的のお呪禁《まじない》めいたことが流行するかと思うと、すこぶる不思議にも感じられるのであるが、文明国と称する欧米諸国にも迷信はある。いかに科学思想が発達しても、人間の迷信は根絶することは許されないのかも知れない。
 それに就いて、わたしはかつて故老から聞かされた江戸末期のむかし話を思い出した。
 それは安政元年七月のことである。この年には閏《うるう》があって、七月がふた月つづくことになる。それから言い出されたのであろうかとも思われるが、六月から七月にかけて、江戸市中に流言が行われ
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