た。ことしは残暑が長く、殊に閏の七月は残暑が例外に強い。その暑気をふせぐには、七月二十九日に黄粉《きなこ》の牡丹餅をこしらえて食うがよい。しかしそれを他家へ配ってはならない、家内親類奉公人などが残らず食いつくすに限る。そうすれば決して暑気あたりの患《わずら》いはないというのである。
勿論その時代とても、すべての人がそれを信用するわけではなく、心ある者は一笑に付《ふ》して顧みなかったのであるが、そういうたぐいの流言は今日より多く行われ、多く信じられた。しかもその日は二十九日と限られ、江戸じゅうの家々が一度に牡丹餅をこしらえる事になったので、米屋では糯米《もちごめ》が品切れになり、粉屋《こなや》では黄粉を売切ってしまった。自分の家でこしらえる事の出来ないものは、牡丹餅屋へ買いに行くので、その店もまた大繁昌であった。
「困ったね。どうしたらよかろう。」
女にしては力《りき》んだ眉をひそめて、団扇《うちわ》を片手に低い溜息をついたのは、浅草|金龍山《きんりゅうざん》下に清元《きよもと》の師匠の御神燈《ごしんとう》をかけている清元|延津弥《のぶつや》であった。延津弥はことし二十七であるが、
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