へ行って探してみたらよかろうということになった。
「暑いのにお気の毒だが、急いで行って来ておくれよ。また売切れてしまうと困るから……。」と、延津弥は頼むように言った。
「はい。行ってまいります。」
お熊は直ぐに出て行った。けさももう五つ半(午前九時)過ぎで、聖天《しょうでん》の森では蝉の声が暑そうにきこえた。正直な小女は日傘もささずに、金龍山下|瓦町《かわらまち》の家をかけ出して、浅草観音堂の方角へ花川戸の通りを急いで来ると、日よけの扇を額《ひたい》にかざした若い男に出逢った。男は笑いながらお熊に声をかけた。
「暑いのに大急ぎで……。お使かえ。」
「おはぎを買いに……。」と、お熊は会釈《えしゃく》しながら答えた。
「ああ、そうか」と、男はまた笑った。「わたしも家で食べて来た。まだ口の端《はた》に黄粉が付いているかも知れねえ。」
手の甲で口のまわりを撫でながら、男はやはりにやにや笑っていた。田原町《たわらまち》の蛇骨《じゃこつ》長屋のそばに千鳥という小料理屋がある。彼はその独り息子の長之助で、本来ならば父のない後の帳場に坐っているべきであるが、母親の甘いのを幸いに、肩揚げのおりないう
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