ます。何事もわたくしの不届きで、重々恐れ入りました。」
これに因《よ》って察せられる通り、千生はよくよく意気地《いくじ》のない、だらしのない人間で、最初は身に覚えのない罪を恐れ、後には女にあやつられて、魂のない木偶《でく》の坊のように踊らされていたのである。
事件の輪郭はこれで判った。その以上の秘密は延津弥の自白に俟《ま》つのほかはない。しかも延津弥はその後の消息不明であった。きびしい町方の眼をくぐって、遠いところへ落ち延びてしまったのか、あるいは自分でいう通り、隅田川に身を沈めて、その亡骸《なきがら》は海へ押流されてしまったのか。それは永久の謎として残されていた。
前後の事情によって想像すると、延津弥は千生の母に対して最初は反感を懐《いだ》いていたが、十両の金を持って来たというのを聞いて、俄かに悪心をきざして、それを巻き上げることを案出したのであろう。それは殆ど明白であるが、千生の母をなぜ殺したかということに就いては、明白の回答は与えられていない。
最初のうちは千生の母もだまされて、三両五両を延津弥の言うがままに引出されていたが、後にはそれを疑って是非とも我が子に逢わせてくれ
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