れ家《が》は知れているが、今すぐに逢わせるわけには行かない。千生さんも小遣いに不自由しているようだから、金はわたしから届けてあげる。こう言って最初におふくろから十両の金を受取りまして、それから五十日のあいだに三両五両と四、五たびも引出しましたそうで……。それは延津弥が自分の口から話したのですから嘘ではございますまい。
 わたくしもそれを知って、どうもひどい事をすると思いましたが、なにしろ延津弥とは夫婦同様になってしまったのですから、今さら開き直って女を責めるわけにも参りません。八月二十一日の晩に延津弥は日本橋の方へ行くといって家を出まして、四つを過ぎても帰りません。どうしたのかと案じていますと、九つ(十二時)を過ぎてようよう帰って来ました。わたくしは外へ出ませんので、世間の噂を聞きませんでしたが、おふくろはその晩、小梅で殺されたのでした。わたくしが初めてそれを知ったのは二十三日の午頃で、その翌日が千鳥から葬式の出る日でございます。延津弥はわたくしに向って、もう隠れている場合ではない、早く帰ってお葬式の施主に立てと申しますので、わたくしも思い切って帰りますと、直ぐに御用になったのでござい
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