や茶碗などもころがっていた。
隣りは空家、又その隣りは吉原へ通《かよ》い勤めの独り者であるので、この二、三日来、虎七の家にどんなことが起っていたか近所でも知る者はなかった。しかも前後の事情は庄吉の聴かされた通りで、彼は延津弥を脅迫して、結局その手に殺されたのは明白であった。捕り方はさらに金龍山下にむかったが、延津弥の姿はやはり見いだされなかった。
中田屋の亭主の死は果して牡丹餅の中毒であるかどうか、それは解き難い疑問であるが、少くもそれから糸を引いて、千鳥の女房お兼と破落戸漢《ならずもの》の虎七とが変死を遂げたのは事実であった。二十九日の牡丹餅が怖るべき結果を生み出したのである。
長之助の千生の申立てはこうであった。
「わたくしの店から持って行った牡丹餅を食って、中田屋の旦那は死んでしまい、延津弥の師匠も患《わずら》って、その詮議がむずかしくなったと聞いて、わたくしは急に怖くなって家を逃げ出しました。師匠の円生のところへ行って相談いたしますと、ここで逃げ隠れをするのはよくない。自分におぼえのないことならば、当分は家にじっとしていて、なにかのお調べがあったらば正直に申立てろと教えら
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