ゃあ、どうしても帰らねえというのか。」
「帰らないよ。誰が帰るものか。」と、女は吐き出すように言った。
「じゃあ、どうするんだ。」
「死ぬのさ。」
「死ぬ……。」と、男は冷笑《あざわら》った。「きまり文句で嚇かすなよ。死ぬなら俺が一緒に心中してやらあ。」
「まっぴらだよ。誰がお前なんぞと……。あたしは一人で死ぬから邪魔をしておくれでないよ。」
「駄々をこねずに、まあ帰れよ。おたがいに考え直して、いい相談をしようじゃあねえか。」
「ふん、なにがいい相談だ。あたしは三日前にここから身を投げるつもりのところを、お前のようなゲジゲジ虫に取っ捉《つか》まって……。」
「そのゲジゲジが留めなけりゃあ、おめえはドブンを極《き》めたところだったじゃねえか。」
「だからさ。いっそ一と思いにドブンを極めようとしたところを、飛んだ奴に邪魔されて……。」と、女は激しく罵った。「いい相談があると瞞《だま》されて、掃溜《はきだめ》のような穢《きたな》い長屋の奥へ引っ張り込まれて、三日のあいだ、腹さんざん慰み物にされて、身ぐるみ剥がれて古浴衣一枚にされて……。揚句の果てに宿場女郎にでも売り飛ばそうとする、おまえの相
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