ら入り込んでいて、千生はすぐに引っ立てられて行った。まさかに親殺しではあるまいが、今戸の中田屋の一件がまだ解決していないので、あるいはその係合《かかりあ》いではないかという噂であった。
番屋へ牽《ひ》かれた千生は、根が度胸のない人間であるから手先に嚇《おど》されて何もかも正直に申立てたので、捕《と》り方は直ぐに金龍山下へむかったが、清元の師匠はもう影を隠して、小女ひとりがぼんやりと留守番をしていた。お熊の申立てによると、延津弥も千鳥の葬式にゆくと言って、身支度をして出たままで帰らないという。おそらく田原町まで行く途中、長之助が挙げられた噂を聞いて、千鳥へも行かず、自宅へも帰らず、どこかへ逃亡したのであろうと察せられた。
それから三日目の夜である。橋場の渡し番庄作のせがれ庄吉が近所へ遊びに行って、四《よ》つ(午後十時)に近い頃に帰って来ると、渡し小屋から少し距れた川端に誰かの話し声がきこえた。暗いので顔は見えないが、その声が男と女であることは直ぐに判ったので、年のわかい庄吉は一種の好奇心から足音を忍ばせて近寄った。かれは柳のかげに隠れて窺っていると、男は小声に力をこめて言った。
「じ
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