た。「世間というのは途方もないことを言い触らすもので……。家《うち》の長之助がおまえさんと肚《はら》を合せて、中田屋の旦那を毒害したなんて言う者がありますそうで……。」
「まあ。」と、延津弥は呆れたようにお兼の顔をながめた。
「よもやそんな事があろうとは思いませんけれども。」
「あたりまえですよ。」と、延津弥は蒼ざめた顔をいよいよ蒼くして、罵るように言った。「なんであたしが千生さんと肚を合せて……。お熊に訊いて御覧なさい。こっちが頼みもしないのに、千生さんの方から知恵を貸して、おまえさんの家からおはぎを貰わして……。千生さんにどんな巧みがあったか知りませんけれど、あたしはなんにも知りませんよ。もしあのおはぎに毒がはいっていて、中田屋の旦那は死に、あたしもこんな病気になったのなら、千生さんは人殺しの下手人ですよ……。」
「そりゃそうですが、世間では……。」
「世間がどういうんですよ。」
「今もお話し申した通り、おまえさんと肚をあわせて……。」
「なぜ肚を合せるんですよ。肚を合せて、ど、どうするというんですよ。」
 言いかけて、延津弥は何か思い付いたように又罵った。
「まあ、ばかばかしい。
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