《たびたび》ある。自分と同級の者は皆学校を卒業してしまった。
あきらめたというものの、彼の声は陰《くも》っていた。私も暗い心持になった。
しかし人間は学校を卒業するばかりが目的ではない。ほかにも色々の職業がある。これからの世の中は学校を卒業したからといって、必ず安楽に世を送られると限ったものではない。なまじい学問をしたために、かえって一身の処置に苦《くるし》むようなこともしばしばある。親の職業を受嗣《うけつ》いで、それで世を送って行かれれば、お前に取って幸福でないとはいえない。今お前が羨《うらや》んでいる同級生が、かえってお前を羨むような時節がないとも限らない。お前はこれから他念なく出精《しゅっせい》して、植木屋として一人前の職人になることを心掛けねばならないと、私はくれぐれもいい聞かせた。
彼も会得したようであった。再び高い梯《はしご》に昇って元気よく仕事をしていた。松の枝が時々にみしりみしり[#「みしりみしり」に傍点]と撓《たわ》んだ。その音を聴《きく》ごとに、私は不安に堪《たえ》なかった。
五 蜘蛛
庭の松と高野槙《こうやまき》との間に蜘蛛《くも》が大きな網
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