い余韻を長く長く曳《ひ》いて、横町から横町へと闇の奥へ消えて行きます。どこやらで赤児《あかご》の泣く声も聞えます。尺八を吹く声も聞えます。角の玉突場でかちかち[#「かちかち」に傍点]という音が寒《さ》むそうに聞えます。
寒の内には草鞋《わらじ》ばきの寒行《かんぎょう》の坊さんが来ます。中には襟巻《えりまき》を暖かそうにした小坊主を連れているのもあります。日が暮れると寒参りの鈴の音も聞えます。麹町通《こうじまちどお》りの小間物屋《こまものや》には今日《こんにち》うし紅《べに》のビラが懸《か》けられて、キルクの草履《ぞうり》を穿《は》いた山の手の女たちが驕慢《きょうまん》な態度で店の前に突っ立ちます。ここらの女の白粉《おしろい》は格別に濃いのが眼に着きます。
四谷街道に接している故《せい》か、馬力《ばりき》の車が絶間《たえま》なく通って、さなきだに霜融《しもどけ》の路《みち》をいよいよ毀《こわ》して行くのも此頃《このごろ》です。子供が竹馬に乗って歩くのも此頃です。火の番銭の詐欺《さぎ》の流行《はや》るのも此頃です。しかし風のない晴れた日には、御堀《おほり》の堤《どて》の松の梢が自ずと霞
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