が満員の札をかけて忙がしそうに走るのを見て、太宗寺《たいそうじ》の御閻魔様《おえんまさま》の御繁昌を窃《ひそ》かに占うに過ぎません。
家々に飼犬が多いに引替えて、猫を飼う人は滅多《めった》にありません。家根伝いに浮かれあるく恋猫の痩せた姿を見るようなことは甚だ稀です。ただ折々に何処《どこ》からか野良猫がさまよって来ますが、この闖入者《ちんにゅうしゃ》は棒や箒《ほうき》で残酷に追い払われてしまいます。夜は静です、実に静です。支那の町のように宵から眠っているようです。八時か九時という頃には大抵の家は門戸を固くして、軒の電灯が白く凍った土を更に白く照しているばかりです。大きな犬が時々思い出したように、星の多い空を仰いで虎のように嘯《うそぶ》きます。ここらでただ一軒という寄席《よせ》の青柳亭《あおやぎてい》が看板の灯《ひ》を卸《おろ》す頃になると、大股に曳き摺って行くような下駄の音が一《ひ》としきり私の門前を賑わして、寄席帰りの書生さんの琵琶歌《びわうた》などが聞えます。跡《あと》はひっそり[#「ひっそり」に傍点]して、シュウマイ屋の唐人笛《とうじんぶえ》が高く低く、夜風にわななくような悲し
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