しい位で、御正月だからといって別に取立てて申上げるほどのこともないようです。しかし折角《せっかく》ですから少しばかり何か御通信申上げましょう。
この頃は正月になっても、人の心を高い空の果へ引揚げて行くような、長閑《のどか》な凧《たこ》のうなりは全然《まるで》聞かれなくなりました。往来の少い横町へ這入《はい》ると、追羽子《おいはご》の春めいた音も少しは聞えますが、その群の多くは玄関の書生さんや台所の女中さんたちで、お嬢さんや娘さんらしい人たちの立交っているのはあまり見かけませんから、門松を背景とした初春《はつはる》の巷《ちまた》に活動する人物としては、その色彩が頗《すこぶ》る貧しいようです。平手《ひらて》で板を叩くような皷《つづみ》の音をさせて、鳥打帽子を被《かぶ》った万歳《まんざい》が幾人《いくにん》も来ます。鉦《かね》や太皷《たいこ》を鳴らすばかりで何にも芸のない獅子舞も来ます。松の内|早仕舞《はやじまい》の銭湯におひねりを置いてゆく人も少いので、番台の三宝の上に紙包の雪を積み上げたのも昔の夢となりました。藪入《やぶいり》などは勿論ここらの一角《いっかく》とは没交渉で、新宿行の電車
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