無暗《むやみ》に遣《つか》う癖があった。ややもすると「だいなしに暑《あつ》い」とか、「だいなしに遅くなった」とかいった。病気も追々に快《よ》くなった甥などはその口真似《くちまね》をして、頻《しき》りに「だいなし」を流行《はや》らせていた。
 妻も彼女を可愛がっていた。私も眼をかけて遣《や》れといっていた。が、折々に私たちの心の底に暗い影を投げるのは、彼女の腹に宿せる秘密であった。気をつけて見れば見るほどどうも可怪《おかし》いようにも思われたので、私はいっそ本人に対《むか》って打付《うちつけ》に問《と》い糺《ただ》して、その疑問を解こうかとも思ったが、可哀《かあい》そうだからお止《よ》しなさいと妻はいった。私も何だか気の毒なようにも思ったので、詮議《せんぎ》は先《ま》ずそのままにしてしばらく成行《なりゆき》を窺《うかが》っていた。
 月末になると請宿《うけやど》の主人が来て、まことに相済まないがおたけに暇をくれといった。段々聞いてみると、彼女は果して妊娠六ヵ月であった。彼女は郷里にある時に同村の若い男と親しくなったが、男の家が甚だ貧しいのと昔からの家柄が違うとかいうので、彼女の老いたる両
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