これまで奉公していたおよねは母が病気だというので急に国へ帰る事になった。その代りとしておたけが目見得《めみえ》に来たのは、七月の十七日であった。彼女《かれ》は相州の大山街道に近い村の生れで、年は二十一だといっていたが、体の小さい割に老《ふ》けて見えた。その目見得の晩に私の甥《おい》が急性|腸胃加答児《ちょういかたる》を発したので、夜半《よなか》に医師を呼んで灌腸をするやら注射をするやら、一家が徹夜で立騒いだ。来たばかりのおたけは勝手が判らないのでよほど困ったらしいが、それでも一生懸命に働いてくれた。暗い夜を薬取りの使《つかい》にも行ってくれた。目見得も済んで、翌日から私の家に居着《いつ》くこととなった。
 彼女は何方《どちら》かといえば温順《おとなし》過ぎる位であった。寧《むし》ろ陰気な女であった。しかし柔順《すなお》で正直で骨を惜まずに能く働いて、どんな場合にも決して忌《いや》そうな顔をしたことはなかった。好い奉公人を置き当てたと家内の者も喜んでいた。私も喜んでいた。すると四、五日経った後《のち》、妻は顔を皺《しか》めてこんなことを私に囁《ささや》いた。
「おたけはどうもお腹《なか》
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