#「ぎいぎい」に傍点]と響くような者があった。その声は家鴨《あひる》に似て非なるものであった。殊《こと》にその声の大きいのに驚かされた。
私は蝋燭《ろうそく》を点《つ》けて外を窺《うかが》った。外は真暗《まっくら》で、雨は間断《しきり》なしにしとしと[#「しとしと」に傍点]と降っていた。ぎいぎい[#「ぎいぎい」に傍点]という不思議の声は遠い草叢《くさむら》の奥にあるらしく思われたので、私は蝋燭を火縄《ひなわ》に替えた。そうして、雨の中を根《こん》好《よ》く探して歩いたが、怪物の正体は遂に判らなかった。私は夜もすがらこの奇怪なる音楽のために脅《おび》やかされた。
夜が明けてから兵站部員に訊《き》くと、彼は蛙であった。その鳴声が調子外れに高いので、初めて聴いた者は誰でも驚かされる、しかも滅多《めった》にその形を視《み》た者はないとのことであった。漢詩では蛙の鳴くことを蛙鳴《あめい》といい蛙吠《あべい》というが、吠《べい》の字は必ずしも平仄《ひょうそく》の都合ばかりでなく、実際にも吠ゆるという方が適切であるかも知れないと、私はこの時初めて感じた。
日本の演劇《しばい》で蛙の声を聞かせる
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